戦国古文書用語辞典 - 小和田哲男

小和田哲男 戦国古文書用語辞典

Add: zohycu73 - Date: 2020-11-23 00:53:46 - Views: 4669 - Clicks: 6150

古文書、古記録、軍記物、書状など。これらに出てくる用語の「読み」「意味」、そして「どの文書」に、どのように使われているか「用例」を掲載した10,000語以上におよぶ戦国期の用語辞典。 著者等紹介. 戦国古文書用語辞典 監修: 小和田哲男 編者: 鈴木正人 登録すると、関連商品の予約開始や発売の情報をお届け! 楽天市場-「歴史」(人文・地歴・哲学・社会音訓引き古文書字典; 音訓引き古文書字典. 小和田哲男 | 商品一覧 | HMV&BOOKS online | 1944年、静岡県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。.

小和田 哲男 | 年07月25日頃発売 | 戦国時代の古文書は、天皇・公家・僧侶・富豪・武将などと多岐にわたる。それら古文書の言葉・用語を読めたとしても、その用語がどういう意味なのか判らないと内容自体が理解できない。これら用語の「意味」、そして「どの文書」にどのように使われて. 小和田哲男, 山本博文監修. 戦国史の魅力を発信する 小和田哲男のブログです。. 戦国古文書用語辞典 - 小和田哲男/監修 鈴木正人/編 - 本の購入はオンライン書店e-honでどうぞ。書店受取なら、完全送料無料で、カード番号の入力も不要!お手軽なうえに、個別梱包で届くので安心です。宅配もお選びいただけます。. 南北朝時代には既に武家としての面が確立されていた。観応の擾乱の際には、観応2年(1351年)に上杉憲将により甲斐国への通路の警護を命ぜられている原 7注釈 1。 また駿河国守護である今川氏と富士氏を関係付ける早例の史料として、康安2年(1362年)に今川範氏が有度郡内の富士浅間宮領への乱入狼藉を停止する旨の書下状を富士大宮司に与えている例が挙げられる。これは今川氏と富士氏の主従関係ではなく室町幕府の意向を汲んだものであるとされる。また富士氏は一部交通を掌握していた。応永16年(1409年)には富士長永が根原注釈 2の関所を領有しており、駿河国と甲斐国の国境を押さえていた。 駿河国守護である今川家当主今川範政亡き後、彦五郎(今川範忠)と千代秋丸両氏での家督争いが発生した。この家督争いに際し、富士氏は駿河国内の混乱を室町幕府に報告するなどしている原 8。富士氏は彦五郎への家督相続に対して反対の立場を取り、範忠の駿河国下向に際して交戦状態となった。しかし室町幕府将軍である足利義教の裁定の影響は大きく、範忠が家督相続することで落ち着いた。情勢的には富士氏ら千代秋丸派は範忠から反逆者として追討されてもおかしくない運命であったが、折しも室町幕府と鎌倉府との対立が深刻化しており(永享の乱)、8月19日には幕府より今川氏への忠節を命じる文書が「富士大宮司」「富士右馬助」へと発給されている。 また享徳の乱の際は室町幕府将軍より袖判口宣案が出されており原 9、幕府からも重要視されていた存在であった。同乱の際富士氏は扇谷上杉氏へ味方し、享徳4年(1455年)4月15日に上杉持朝から戦功を称されている。またこの戦功を三島合戦とする見方がある。 この時代の当主は富士忠時または富士親時であるが、このような動向から15世紀の富士氏は今川氏に従属していないと考えられている。一方、文正元年(1466年)の足利義政御内書原 10には富士忠時に代わり富士親時へ大宮司職を申し付ける旨の内容があり、足利将軍家が富士大宮司職の任命権を保持していた。 寛正期の富士家は家督相続を巡る混乱期でもあり、瑞渓周鳳の日記である『臥雲日件録』には「駿州国人富士父子闘争之事」とあり、『親元日記』には「富士兵部大輔入道親子確執之儀」とある原 11。 また富士氏は室町幕府の奉行衆であったことが確. 中世を経て近世となると、本拠である富士大宮以外での富士氏一族の動向を示す史料が見出されている。寛政年間(1789年 - 1801年)に成立した『寛政重修諸家譜』は戦国期以降の系譜を「和邇氏系図」「富士大宮司系図」とは大きく異なる形で伝え原 29、富士氏の一族が下総国の千葉郡および印旛郡の一部も支配していたとしている。また相模国の長尾台に知行を得ていた富士氏一族も伝えられ、富士信重が徳川家康により知行を宛行われている朱印状等が残る他、信重の子である富士信成の墓碑も長尾台に所在している。.

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戦国時代における富士信忠の大宮城開城から武田氏による武力解除を経て、富士氏は神職のみの姿として統一されていた。近世に入ると富士氏は富士山を管理・支配する立場としても確立されていた。例えば徳川忠長が駿府藩主であった頃、「みくりや・すはしりの者共嶽へ上り、大宮司しはいの所へ入籠み、むさと勧進仕るに付て、大宮司迷惑の由申され候」といった文面の通達が忠長の家臣である朝倉宣正・鳥居成次から地方奉行に出されている。このように富士山本宮浅間大社が富士山頂の支配・管理を行なっており、その代表格である富士大宮司の支配の地として富士山麓周辺の地から認識されていた。 他に須走村の書付に、三か条の1つとして「富士山登道行合より八葉内、大宮町大宮司殿、宮内殿、民部殿、宝当院と申而四人之衆御支配二御座候」とある。これは行合(八合目)以上は浅間大社の神職(富士大宮司・公文富士氏・別当)および須走浅間神社の神職(民部殿)が支配する地という認識を示していることを意味し、このように富士氏が山頂においての権限を保持していた。 富士氏は富士山に関わる祭祀を司る身でもあり、例えば宝永4年(1707年)12月8日に富士氏は. See full list on weblio.

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